The Journey Log of a Jeweler

ひとりのジュエラーによる世界ジュエリー紀行” みて つくって 恋をして "

Bespoke Records02/ Bubble Ring – バブルリング – (セミオーダー)

※2017年納品の作品についての記載です。現在も日本とEU圏を中心に、オーダージュエリーのご依頼を承っておりますのでお気軽にお問い合わせください。

メールアドレス info@ayano-jewelry.com

 

こんにちは、綾野です。

お作りさせていただいたビスポークジュエリーをご紹介するBespoke Records。今回はニューヨークで学生をしていた際に製作し、その後セミオーダーへとつながった作品のご紹介です。

何かを伝えたいときに使えるのは“言葉だけではない”という気づき

ジュエリーの世界に足を踏み入れて、私の中でひとつコペルニクス的転回が起こりました。それまでの私はthe文系人間でひたすら“言葉”での表現に慣れ親しんできました。ですが、この世界には言葉以外にも自分の考えや気持ちを伝える手段があると気づいたのです。それが絵画や彫刻に代表される視覚芸術です。

好きな絵画の一つにトゥールーズ=ロートレックの『寝室にて』(パリ/オルセー美術館貯蔵) があります。このベッドに寝ている二人は恋人同士だそうですが(※他の解釈もあり)、「恋は素敵だ、楽しい。」と言葉を並び立てるよりずっと雄弁に、この柔らかな微笑や暖かな色彩が恋の素晴らしさを物語っています。どんなに言葉を尽くしても、一枚の絵画にはかなわない。その事実がそれまで言語表現に偏っていた自分にとっては新鮮で感動的で、私もそのような“何かを語るジュエリー”を作りたいと考えるようになりました。

「叶わなかった恋は悲しいのか?」という問いを込めたデザイン

そういった背景の中で生まれたのがこちらの『 Bubble Ring –バブルリング– 』です。

当時、私は失恋直後だったのですが、周囲の“可哀想”という反応に違和感を抱いていました。確かに悲しくなかったといえば格好つけすぎですが、その恋愛をしている間は時間の彩度がより濃くなったようで、叶わなかった辛さよりも「あ〜楽しかった!こんなに楽しいことを体験できてよかった!」という喜びの方が優っていました。

「失恋=辛い、悲しい」というイメージをくつがえしたい、というテーマから真っ先に思い浮かんだのは「人魚姫」のおとぎ話です。別世界の王子様に恋をし、家族や故郷、さらには美しい声という自分の才能をも捨てて追いかけたものの叶わず、最後には泡となって死んでしまう…。一見すると救いのない悲劇ですが、私は、ここまで夢中になれる恋をして姫は本当に楽しかったと思うのです。まさに掲げたテーマにぴったりのモチーフでした。

そうして生み出したのがこの泡に見立てた玉を有機的に並べたデザインです。人魚姫の最期の姿である泡たちがとても美しければ、願いが叶わなかったことなど瑣末なこと、この恋、この人生はとても幸せなものだったと語らずとも伝わる、そう考えたのです。ワックスをヤスリで削り出し一つ一つ泡を形作っているのですが、削っている最中はずっと「泡っぽくなれ…ぷくぷく…ぷくぷく…」と念じておりました(笑)。

自分の内面を晒して作り上げた作品が売れたことの喜び

完成したリングをSNSにアップしたところ、気に入ってくださった方数名から好きな宝石で作って欲しいとご依頼をいただきました。普段はあまり見せない自分の内側を晒すように作り上げた作品でしたので、写真を一枚投稿することですら怖いことでした。ですがお選びいただいたことで、何かしら心を動かすことができたという安堵、同志を見つけたような嬉しさもあり、なんとも心温かい気持ちになりました。こうして並べてみるとオパールアメジスト、持ち主の思いが色とりどりの宝石に宿り、その人を照らしてくれているかのようです。

このリングにはもう一つ忘れられない思い出があります。2017年末にワーキングホリデービザを利用して渡英し、ロンドンで初めてイベント出店した際に、通りすがりの紳士が「It’s so fanky.」と一目惚れしてくださり、奥様のクリスマスプレゼントとして買っていってくださったのです。ジュエリーを仕事にできる保証はどこにもない状況でもがいていた時期でしたので、この1本が売れたことで、自分は海外でもやっていけるかもしれないという小さな希望の灯がともったように感じました。

今このリングを見ると当時のひたむきさ(なりふり構わなさとも言える)を思い出し気恥ずかしくなってしまうのですが、ただ美しいだけじゃない、何か心に訴えかけるジュエリーが作りたい、その思いは今も変わらず持ち続けています。